2024年度校友会代表祝辞

ハヤカワ五味氏

1995年東京都生まれ、2018年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。在学中にランジェリーブランド「feast」を立ち上げ、Eコマースを主に販売を続けられました。卒業後は一人ひとりの女性が自分らしく過ごすための選択肢を照らすプロジェクト「ILLUMINATE」を立ち上げ、2022年より株式会社ユーグレナのブランドマネージャーを務められる他、様々な場所でご活躍されています。


みなさま、ご入学おめでとうございます。ハヤカワ五味です。
ちょうど10年前、多摩美術大学グラフィックデザイン学科に入学しました。その直後、アパレル事業feastを起業し、現在、10年目を迎えています。美術と全く関係のない起業家の私がこの場に呼ばれたので、今から、美術とあまり関係のない話をします。


大学入学当時、私はアートディレクターとして広告代理店に入ることを目指していました。しかし、大学入学直後の7月に”あること”が起こります。
「なんで、胸がある子にはランジェリーを選ぶ楽しみがあって、貧乳にはないの?」
現X旧Twitterに当時思っていたことをサンプル写真とともに投稿したところ、瞬く間に1万RTも拡散されました。その時、私のフォロワー数は300人程度。趣味の一環で作成したオリジナルランジェリーがたまたまヒットしたのです。
完全に想定外の反響で、正直「めちゃくちゃ怖い」と感じました。通知が止まらず怖すぎて、翌日、初めて、大学の授業を休んだことを覚えています。500件を超える注文を受け、手作りでは間に合わなくなり、焦って工場探しを始めました。その後、予定納期を大幅に超えましたが、なんとか発売しました。


当時、18歳の私に、ビジネスやアパレルの知識はありません。それでも、商品のサンプルを作り、写真を撮影し、販売できたのには”理由”があります。それは「コスプレ」のおかげだったんです。


私は熱烈なコスプレオタクです。中学生時代から今も続けています。コスプレのおかげで、服飾系の友達ができ一緒にfeastの商品サンプルを作ることができました。モデルやカメラマンの友達ができました。商品を最初に拡散してくれたのもコスプレイヤーの人たちでした。コスプレをしていたから、私は誕生したのです。


その後、feast事業は運良く立ち上がります。売上がすぐに”1000万円”に到達しました。19歳で法人化し、そして、私は、社長に。


こう伝えると、すべてが順調に聞こえると思いますが、その後、多くの壁に直面したのです。とにかくお金と人に困りました。経営や会社運営については全くの初心者。ある時、突然スタッフが会社にこなくなりました。私だけがいないLINEグループで悪口を言われることもありました。また、予想した売上に達せず、3000万円を超える負債を負うこともありました。当時は家にひきこもり「あーこれ、人生終わったかも」と毎日思っていました。

その時の私を救ってくれた存在があります。それは「ゲーム」なんです。


私はゲームオタクで、ドラゴンクエストでは、10を除く全てのナンバリングをプレイし、新作発売日には寝る時間も忘れて没頭しました。なんとこの経験が”組織運営”に役立ちました。組織運営の多くの問題はRPGのパーティーに似ています。「全員が炎タイプなら、水タイプがきた時に困る」というように、組織の課題や失敗をゲーム視点で考えたら、対処方法を見つけられるようになりました。さらに、経済学における”ゲーム理論”を学び、市場がどのような力関係で動くかを理解することで、経営的な思考の基盤を構築することができました。


そしてもう一つ、経営の支えになったものがあります。「デッサン」です。初めて目にするものはすぐに描き始めるのでなく、先に観察することから始め、何がその対象を特徴づけているのかを見極めていました。その核心を把握すれば、描くのは一瞬でした。経営においても、この原則は同じです。事業の本質となる特徴、最も重要な部分を観察します。その核心を理解できれば、問題解決の糸口は自ずと見えてくるものです。私は「観察」によって事業戦略を立てることができるようになったのです。


ここまで話したことは全て大学生の頃の出来事です。これらを乗り越えられたのは、”ゲーム”と”デッサン”があったから。この2つのおかげで、辛かったときに少しずつ物事の見方を変えることができました。ゲームとデッサンがなければ、私の、今の、人生は、なかったんです。


そして今。私が代表を務める株式会社ウツワも創業10年目を迎えました。私は今、自分が本当にやりたいこと、すべきことに時間を費やせています。多くの人に支えられています。私は今、本当に毎日楽しく働いています。


改めて振り返ります。起業家の私の人生を形作ったのは「コスプレ」と「ゲーム」と「デッサン」でした。一見、突飛なことを伝えているようですが、これは核心をついている、と私は考えるのです。

あのスティーブ・ジョブズはスタンフォード大学の卒業式スピーチでこう言いました。「学んだことが将来に役立つかはその時には分からない」「点と点をつなげるんだ」と。彼は若い頃に受けたカリグラフィーの授業が、後にマッキントッシュの美しいタイポグラフィの基礎となったことを話しました。当時、ジョブズはその授業が将来に役立つとは思っておらず、美しい文字にただ魅了されていただけ。しかし、この「無駄」と思われた経験が、後に重要な役割を果たしたのです。


たくさんの好きなものに囲まれた人生を送ることができた私から、伝えたいのはただ一つ、それは、「オタクをやめるな」ということです。

ここでいう「オタク」はあなたの好きなもの、熱狂してるものであればなんでもを指します。
それらを大人になる過程で捨てずに、やり切ってほしいのです。周囲が社会人としての型に収まっていく中で、オタクを続けることに、恐怖を感じることもあるかもしれません。大学生になると将来に紐づいたことばかりを受け入れ、卒業と共に忙しくなり、オタクをやめる人も多いです。でも、実はオタクになれる没頭力って全員にあるわけではないので、これは強みのはずなのです。これまで没頭してきた様々なことが、一見関係ないように見えても、実はすべてつながっているのです。

だからこそ、大学生の間は特に、自分で、勝手に「これは役に立たない」と決めつけないでください。色々なことを体験してください。好きなこと、没頭できることがあれば思い切りやってみてください。

生成AIの登場により、表面的な美しい作品を作ることが容易になりました。しかし、今の時代には、AIが見つけられない偶発的な出会いや、AIが学習できない深い体験、葛藤や感情の揺らぎから生まれる、あなただけの特別なものが必要だと思います。大学4年間、35,064時間という自由度の高い時間は、多くの人にとって再び訪れません。

この貴重な時間、何かに没頭できる時間となることを願っています。


多摩美術大学新入生の皆様、「オタクをやめるな」!
以上、ハヤカワ五味でした。ありがとうございます。

2024年4月4日