会員活動助成2025|募集要項

2024年12月24日
#校友会 #公募 #助成金

会員活動助成とは、意欲的に活動に取り組む校友会の会員(正会員・準会員・賛助会員)を応援するプログラムです。 2025年度分の募集を1月29日より開始いたします。【2月28日締切】⇒2025年度募集要項( PDF形式 )⇒これまでの芸術活動助成 お問い合わせはフォームまたはメール(info@alumni.tama-art-univ.or.jp)でお願いします。正確なご案内のため、お電話での受付は不可とします。予めご了承ください。 対象者校友会マイページにログインしている正会員※1・準会員※2・賛助会員※3(申請時に会員番号をご記入いただきます)※1 正会員終身会費(3万円)を納めた多摩美術大学の卒業生。2002年3月以降に卒業された方は、入学時に終身会費を予納していただいています。※2 準会員多摩美術大学に在籍している学部生・大学院生。ただし、学内進学の大学院生は正会員です。※3 賛助会員校友会の活動を支援する法人または個人で理事会の承認を受けた人。* ログイン情報が不明な方はこちらからお問合せください。 対象期間2025年4月1日~2026年3月31日に実施される企画・活動※実施期間が年度をまたぐ場合は、いずれかの年度で1回のみの申請となります。※期間内に実施予定だが具体的な日時、場所が未定の場合は未定と記載して申請してください。 活動別申請金額の上限と申請方法 1.芸術活動展覧会、映像上映、パフォーマンス、公演、出版など1人あたり1万円(個人で行う活動の場合は2万円)1企画の上限15万円申請方法指定書式①〜④をダウンロードし、入力後、フォームから申請してください。⇒指定書式⇒申請フォーム※助成金は原則個人に支給します。※2人~9人の場合は、メンバー個人それぞれの口座へお振込します。※2人以上で行う活動は代表者1人が申請してください。※10名以上で行う企画でご希望があれば代表者の口座にお振込します。 2.教育普及就職・進学支援、講演会など1企画の上限5万円申請方法指定書式①〜④をダウンロードし、入力後、フォームから申請してください。⇒指定書式⇒申請フォーム※代表者の口座にお振込します。 3.会員連絡会報発行、総会など1企画の上限5万円申請方法指定書式①〜④をダウンロードし、入力後、フォームから申請してください。⇒指定書式⇒申請フォーム※代表者の口座にお振込します。 スケジュール募集期間2025年1月29日(水) ~ 2月28日(金) 必着結果公開2025年3月28日(金)に校友会HPにて公開予定 【注意事項】※申請前に必ずお読みください企画について●個人/1団体につき、1企画とします。●「卒業・修了制作展」「授業・学科単位の活動」は対象外とします。 ●申請メンバー全員が企画に参加していること。 選考について●申請資格・企画・活動が助成対象として適切かを、校友会で審査・選考します。●申請多数により申請総額が予算額を上回った場合は採用者/採用団体/採用企画を選出します。●選考結果は、採用者/採用団体にのみメールで通知します。 団体の場合は代表者に通知します。●採用者/採用団体には別途、採用通知書および誓約書をメールでお送りします。●採用者/採用団体は企画・活動完了後、報告書類とアンケート(申請メンバー全員分)をご提出いただきます。●選考および選考結果に関するお問い合わせには一切お答えできません。ご了承ください。その他●団体もしくは申請者/申請メンバーが営利団体を母体としていないこと。●助成金の使途先(使途先の役員と従業員)が申請者/申請メンバーの本人、配偶者、二親等以内の親族ではないこと。●助成金の振込先が日本国内の金融機関口座であること。●採用された場合、広報物に協賛名義を表記していただきます。必ず印刷前に校友会へ提出し表記の確認を受けてから印刷すること。●助成金の支給は、報告書類の提出・確認後になります。活動報告がない場合、全員の同意書とアンケート提出が無い場合、締切を過ぎた場合は、助成金を減額、または申請を無効とします。●報告締切日は採用時にご連絡します。校友会からの再連絡はありませんので、採用者各自で確認し過ぎることのないよう気をつけてください。●報告状況の確認は採用者/採用メンバー内で行うこと。校友会へのお問い合わせは不可とします。●申請、報告の締切を過ぎたものはいかなる理由があっても受け付けません。●申請時、報告時に不当な要求等の迷惑行為が見受けられた場合、今後の申請を無効とします。●企画・活動の報告で虚偽の記載が判明した場合や企画・活動の全部または一部が実施されなかった場合や校友会が定めた手続きの手順に違反した場合は、申請を無効とします。助成金支給後に判明した場合は、助成金を校友会に返還するものとします。●助成金制度の趣旨・目的に反する恐れがあると判断した場合、その他当会において支給することが適切でないと判断された場合は採用後であっても助成金を減額または不支給とします。●報告はフォームやメールを使用します。フォームやメールが使用できる方を申請対象とします。●対象となる活動に関わる経費でも、助成の対象とならない経費があります。詳しくは申請書をご覧ください。●申請者/申請団体の企画・活動情報および個人情報は、原則として本人確認・校友会データベース更新・選考以外には使用されません。ただし例外として、校友会事業報告・案内に限り、採用者/採用団体の企画・活動情報を使用する場合がございます。あらかじめご了承ください。●助成金は採用者各自に支給されるお金です。10名以上で行う企画で、各メンバーの助成金を代表者口座で受け取ることを希望し、一括で企画に使用する場合は、必ず各メンバーの助成金を使用する許可を得てから申請してください。●助成金の原資は校友会の会員一人一人からの終身会費で賄われています。意欲的に活動する会員に広く公平に助成を行うことを目的としています。法令や社会的規範、倫理などルールを守った申請と活動をお願いします。 採用後の流れ企画実施前に・誓約書を提出してください。・広報物に協賛名義を表記してください。 ※必ず入稿前にPDFデータもしくは画像にて校正確認を受けること。 ※採択前に広報物を入稿される場合は不要です。・配布可能な広報物を提出してください。 ※配布可能な広報物を作成しない場合は不要です。・校友会HPおよびSNSにて企画情報を掲載します。 →掲載例企画実施中に・来場者数を記録し、記録撮影をしてください。 ※詳しくはお知らせします。企画実施後に・活動報告/アンケート(申請メンバー全員分)を提出してください。・上記提出物が完了し、校友会の理事会で承認を受けた日の翌月10日に助成金を指定口座へお振込みします。・活動報告がない場合、全員の同意書とアンケート提出が無い場合、締切を過ぎた場合は、助成金を減額、または申請を無効とします。 お問合せ先一般社団法人 多摩美術大学校友会事務局所在地〒192-0394 東京都八王子市鑓水2-1723 多摩美術大学八王子キャンパス リベラルアーツセンター1階21-110事務取扱時間平日 9:00~11:30/13:00~17:00E-Mailinfo@alumni.tama-art-univ.or.jpフォームhttps://alumni.tama-art-univ.or.jp/contact

【特集記事】第1回 卒業生インタビュー わたなべひろこ先生vol.3

2024年11月26日

戦後のファイバーアート界を牽引! 多摩美テキスタイルデザインの源流を創った わたなべひろこ名誉教授にインタビュー 1957年多摩美術大学図案科(平面)卒業後、フランス留学を経て多摩美術大学に着任したわたなべひろこ先生。現在はNPO国際テキスタイルネットワークジャパンの代表として、後進の育成にも力を入れています。第一回目となる今回の「卒業生インタビュー」では、同学科卒で親交の深い深津裕子教授(校友会事務局長・リベラルアーツセンター教授)がわたなべ先生のお話を伺いました。 わたなべ ひろこ(Watanabe Hiroko) 1957年多摩美術大学卒業 新制度1期生 1959年多摩美術大学着任 1957〜59年フランス留学 1964〜65年フィンランド留学 2007年シルクロードプロジェクト実施 国際トリエンナーレ、ビエンナーレ等の審査員 国際展のキューレタ等、文化交流を務める https://www.youtube.com/watch?v=H7K_oUF0YoM デザイナー/アーティストとしての取り組み 深津:先生にはテキスタイルデザイナーとしての活躍と、ファイバーアーティストとしての活動の二つの軸があるかと思いますが、それについてお話を伺えますか? わたなべ:先ほどの着任の話に少し戻るんだけど、着任時は自分が学校の先生っていう意識よりもね、自分の出た学校でもあるし、先輩として一生懸命やるっていう感じの方が強かったと思うのね。学校はむしろお手伝いっていうか、臨時の気持ちだったからお金貰おうと思ってなかったの。ですから、「生活するためには自立しなきゃいけない、自立してこそ学校のお役に立てる」っていうふうに思ってたから。だからデザイン事務所を作って、自分で仕事を探して、少しずつ少しずつ自分の仕事で食べていけるようにしていったわけです。自分の作品というよりは、相手の要求に合わせたものを作って差し上げるっていう仕事ですよね。おかげで私も海外でいろんな評価を少しずついただきました。 それで意外や意外に、「ファイバーアート」っていう新しい分野が生まれ、そういったことに参加しながら食べるための仕事と並行して少しずつでやってきました。なかなかスムーズに両立することが難しくて、本当に胸が痛いこともありますが、おかげさまでいろんなところで評価をいただいています。イタリアやフランス、ポーランドなどの国際展の審査委員などもやらせていただいたりもしています。 今日もパリオリンピック2024に関連する展覧会に向けて作品を発送するところなんです。出品作品の全てが80cm×80cmのサイズで色は赤一色で統一されているそうなんです。 なかなか自分の思う作品が作れないのが悩みですね。でも自分の作品を作ることよりも、やっぱりもっと世の中に役に立つことをした方がいいんじゃないかなと思ってね。 深津:赤と言えばね、先生の一番シンボリックな作品のシリーズですよね。 わたなべ:自分の思っていることの何分の1もなかなか実際にはできないなと思うんですけどね。でもベストを尽くしてやるしかない。たいしたことはできないけれども、悔いなく、二度とない命ですから。それなりに「悔いなく生きたい」と思ってるんですけど、なかなかね、悔いなくというところまで‥。 多摩美退職後の活動 シルクロード横断プロジェクトとギャラリースペース21 深津:先生は退職後に壮大なプロジェクトをされましたね。 わたなべ:はい、シルクロードを横断するプロジェクトですね‥。在職中は何ヶ月も休めないからできなかったですし、部分的には調査をしていましたけど砂漠を通ることが禁止されていた時期もあり、通れるようになってから退職後の75歳の時に念願だったプロジェクトを実施しました。シルクロードの終着地である日本の東大寺から出発して、大陸に渡り草原ルートを辿ってローマまで横断しました。各地で地元の方たちと対話をしながらワークショップや展覧会を行いましたし、東洋と西洋の境に位置するイスタンブールの国立マルマラ大学と組んでシンポジウムをやったんです。その時にシルクロードの子供たちと日本の子供たちの絵を交換してきて、日本の北から南10ヶ所で展覧会もやりました。 日本のファイバーアート展を立ち上げニューヨークでの発表後、サンフランシスコ、フィンランド、スペイン、ポルトガル、オランダ等、各地で行いました。 それから他にも日本のファイバーアーティストを育てるための展覧会「テキスタイル・ミニアチュール展『一本の糸からときを超えて』」を1986年に私の持ちギャラリーで開催しました。21世紀に至るまで、10回行いました。当時はこんなファイバーアートの展覧会をやってくれるギャラリーがなかったんです。絵じゃないから馬鹿にされてね。だから新しいテキスタイルアーティストを育てるための発表空間が欲しいと思って、新橋にあった私の事務所のところにギャラリーを作り行ったんです。そこは21世紀までやるっていうことで「ギャラリースペース21」という名前で開いたんです。ただ、私はギャラリストではないので21世紀に入ってギャラリーを閉じ、同時に私も展示に関わる任を終えました。その後、「テキスタイル・ミニアチュール」は「百花」シリーズとして後輩方々が継承してくださり、現在でも国内や海外で展覧会が開催されています。 多摩美生への言葉 深津:最後に在校生の皆さんに向けた言葉をいただけますか? わたなべ:私はこれまで50カ国ぐらいの世界をたくさん回ってるけど、日本のようにこんなに四季の美しい国は他にない。そしてこんなに素晴らしい感性を持った民族ってそんなにいないと思う。だから、皆さんにはそれをもっと知って欲しいし、自分の文化を大切にして欲しい。陶芸なんか見ても世界一だと思う。 私たちは確かに白磁や青磁を中国や韓国から習ったかもしれないけど、日本はどんな飲食店に行っても食べ物によって全部器が違います。窯も沢山あって、どこへ行っても素晴らしい焼き物がある。 同じように染織を見ても、皆どれも素晴らしい。こんな素晴らしい国なのに、何でもっとそこに住んでいる人が良さを自覚しないのか。大切にしないのか‥。 中国をはじめ、アジアの多くの国はエネルギッシュに世界に向かって発信をしています。日本も自分たちの良さをもっと知って欲しいし、体感してもらいたいし、そして自信を持ってインターナショナルに出してほしいですね。皆さんには、日本の良さをエネルギッシュにメッセージし発信してほしいと思います。 インターナショナルになるということは、なんでもかんでも一緒になって混ざるってことじゃなくて、やっぱり日本という個性を持ちながら協調性や共通性を持つっていうこと。そうしなかったらみんな一緒になってつまらないと思うのね。 考えてみると、私は多摩美に生かされ育てられたんじゃないかと思うのね。だから、今、多摩美に少しでもお返しができたらなと思ってやってるんだけど。それと同時に、多摩美を通して日本というものを世界にメッセージしていきたい。だから皆さんには、その核を作っていただきたいのね。そのお役に立つようであればと思って、今も多摩美に関わらせていただいているところなんです。 vol.1~「Textile Art Studio 1975年 設立」「男性優位な社会を跳ね退けて志した美術への道」はこちら vol.2~「テキスタイルとの出会いから渡欧へ」「染織デザイン専攻の設立と目指した教育」はこちら

【特集記事】第1回 卒業生インタビュー わたなべひろこ先生vol.2

2024年11月19日

戦後のファイバーアート界を牽引! 多摩美テキスタイルデザインの源流を創った わたなべひろこ名誉教授にインタビュー 1957年多摩美術大学図案科(平面)卒業後、フランス留学を経て多摩美術大学に着任したわたなべひろこ先生。現在はNPO国際テキスタイルネットワークジャパンの代表として、後進の育成にも力を入れています。第一回目となる今回の「卒業生インタビュー」では、同学科卒で親交の深い深津裕子教授(校友会事務局長・リベラルアーツセンター教授)がわたなべ先生のお話を伺いました。 わたなべ ひろこ(Watanabe Hiroko) 1957年多摩美術大学卒業 新制度1期生 1959年多摩美術大学着任 1957〜59年フランス留学 1964〜65年フィンランド留学 2007年シルクロードプロジェクト実施 国際トリエンナーレ、ビエンナーレ等の審査員 国際展のキューレタ等、文化交流を務める https://www.youtube.com/watch?v=H7K_oUF0YoM テキスタイルとの出会いから渡欧へ 深津:様々な先生方から学ばれた中で、どのようにしてテキスタイルの道に進んだのですか? わたなべ:いろいろな先生方はいたものの就職を考えた時に、その時代はどこの会社も女性の正社員をとらなかったんです。女性はお茶くみ係で、2年間やって古くなってクビになるわけですね。 これじゃどうしようもないから、手に職をつけて職人になればいいんじゃないかなと思ったんです。そしたら芹沢銈介先生(1956年 重要無形文化財保持者、後に人間国宝になられた)が染織の授業を持っておられて、それがテキスタイルというものに関わったきっかけです。先生は私に技術を教えると同時に自由に勉強させてくださり、私は京都や金沢などへ行って友禅だとか絞りだとか、とにかくいろんな染色を勉強したんですね。 そしたら日本の染織がものすごく素晴らしいっていうことがだんだんとわかってきたんです。当時はやっぱり職人の世界も女性は通用しない時代でしたが、一方で杉浦非水先生はリベラルな方だったので、共学になる前から女性を優先的に受け入れていたんですね。そうしたこともあって、時代の先端をいく女性がたくさん集まっていたんです。その中には、第3代最高裁判所長官の横田喜三郎氏(1896-1993)の娘さん横田経子さんもいらっしゃいました。 その横田さんがある日私にいったんです。「日本はどうしようもないよ。学校を出たら私は外を見てきたいと思う。」と仰って、アメリカの(ミシガン州にある美術系大学院、)クランブルック・アカデミー・オヴ・アート(Cranbrook Academy of Art)を目指されていたんです。その話を感心して聞いていたんですけど、「渡部さんはどうするの?」といきなり聞かれたもんですから、「じゃあ、あなたが新しい国のアメリカに行かれるなら、わたしは伝統のあるヨーロッパへ行きます」って言ってしまったんです。帰ってきたら二人で力を合わせましょうね、なんて話までしてしまいました。 とはいえ、ヨーロッパも広いのでどこへ行っていいか分かんない。それで考え始めて、ちょうど私の尊敬してた女流画家の三岸節子(1905-1999)さんが、ちょうどパリから帰ってらっしゃって、朝日新聞で講演なさったんです。それでパリだと思ったんですよ。そこからは日仏学院にも通いながら必死にフランス語も勉強して、多摩美の卒業と同時にパリへと飛びました。 私が行きたかったパリの大学(ECOLE NATIONAL SUPERIEUR DES ARTS DECORATIFS,通称アール・デコ、ENSADはすごい厳しい学校で、当時受験生を1週間缶詰にして入学試験をやっていたんです。私はすぐには入れなかったけれど、なんとか入学ができて、フランスだけじゃなくて、ヨーロッパを回りながら、できるだけ色んなことを吸収したんです。 ただ、デザインという面ではフランスは王朝文化の国なのでちょっと違ったんです。そう思っていた時に、パリに入ってきた北欧デザインを見ていたら、これは日本のお手本になるんじゃないかと思ったんです。それで北欧もいろいろと回って調べたんですが、一番北の端のフィンランドに一番オリジナリティがある。そして一番日本のテイストに近いと感じたんです。1957年から1959年にかけてパリにいて、帰国後にフィンランドのHELSINGIN KASITYON OPETTAJA OPIST(現ヘルシンキ大学教育学部)に2回留学をしました。1回目は自費で、2回目はフィンランド政府から助成金をもらっていかせていただきました。その時の勉強っていうのが、やっぱり私の血と肉になったと思います。           染織デザイン専攻の設立と目指した教育        深津:留学から帰ってこられて、多摩美に関わられたんですよね? わたなべ:理事長から、多摩美に戻ってこいって言われたんですよ。でも私は、勉強嫌い・学校嫌いで、枠にはめられるっていうのがすごく嫌だったので、先生はしたくないって2回断ったんですね。その時に理事長が「染色はお前が残せと言った授業じゃないか。なぜ面倒見れないんだ!」って怒鳴られたんですよ。 かつて芹澤先生が持たれていた染色の授業があったんですけど、なくなっちゃったんです。その時に、私が理事長に「日本の染色って素晴らしい、だから残してください」って陳状に行ったんです。その当時、染色の授業は女子美にしかなくて、芸大も武蔵美にもなかった。ですから、渡邊素舟先生も協力してくださって、一緒に陳状したところ、理事長も納得して授業を継続してくださったんです。 ところが私はそれからフランスに留学しちゃったから‥。 だけど、私はある程度自分が出来てからじゃないとダメ。教えられないと思った。だから、とてもじゃないけど私にはできませんってお断りしたんですね。そしたら怒られてしまったんです。 3回目に理事長のところに行った時に、「こんな奴は相手にできない」と理事長に諦めさせようと思って、高飛車な物言いで「もしするんだったら、織ったり染めたりっていう工芸的な仕事だけではなくて、もっと幅広くデザインとかアートとか、グローバルに考えていかなきゃいけないので、こんな授業はしたくありません」と言ったんです。さらに、「こんな一つの授業だけじゃなくて、科としてやるんじゃなければ意味がない」とお伝えしたんです。 きっと怒鳴られるだろうなと思ったんですけど、何の風の吹き回しか理事長に「あい合かった」って言われて、私の方が驚愕しちゃってね。それで引っ込みがつかなくなって、1959年に、アメリカに留学していた横田経子さんと一緒に着任し、1960年に染織専攻を作ってくださったんです。 深津:ちょうど図案科に商業デザイン・工業デザイン・染織の3部門が設置された時ですね。 わたなべ:設立当時は少人数だったんですけど、最終的には一学年40人の学生が集まるようになって、後に染織デザイン、現テキスタイルデザインとういう名前に変わりましたね。入試倍率も15倍から20倍になったこともありました。私はろくな先生じゃなかったけど、そのお陰でほんとに優秀な方が育ってくださって、嬉しいんです。 あとね、理事長の誘いを受けたもう一つの理由があって、それがさっきも言った芸術心理学の霜田静志先生から教わったことなんです。 先生曰く、有名なアーティストが担当するクラスと、無名だか真面目なアーティストが担当するクラスでは、実直な先生の方が優秀なアーティストが育つそうなんです。有名な先生のクラスには先生に憧れて学生が集まってくる。そして先生のスタイルをみんな真似し、先生も自分のセオリーが絶対だから、それを押し付ける。それでそういうスタイルの優秀な人が育つ。だけど、真面目な先生は、その人その人の個性を大事に指導して教えたから、結局この有名でない先生の方から優秀な次のアーティストがたくさん育ったという、そういうお話をしてくれたのを思い出したんですよね。 だから、当時の私はまだ、人に教える資格はなかったけれども、先生の言う「真面目な先生」の方だったらできるかもしれないと思って引き受けたんです。 vol.1~「Textile Art Studio 1975年 設立」「男性優位な社会を跳ね退けて志した美術への道」はこちら vol.3 〜「デザイナー/アーティストとしての取り組み」「多摩美退職後の活動 シルクロード横断プロジェクトとギャラリースペース21」「多摩美生への言葉」はこちら

【特集記事】第1回 卒業生インタビュー わたなべひろこ先生vol.1

2024年11月12日

戦後のファイバーアート界を牽引! 多摩美テキスタイルデザインの源流を創った わたなべひろこ名誉教授にインタビュー 1957年多摩美術大学図案科(平面)卒業後、フランス留学を経て多摩美術大学に着任したわたなべひろこ先生。現在はNPO国際テキスタイルネットワークジャパンの代表として、後進の育成にも力を入れています。第一回目となる今回の「卒業生インタビュー」では、同学科卒で親交の深い深津裕子教授(校友会事務局長・リベラルアーツセンター教授)がわたなべ先生のお話を伺いました。 わたなべ ひろこ(Watanabe Hiroko) 1957年多摩美術大学卒業 新制度1期生 1959年多摩美術大学着任 1957〜59年フランス留学 1964〜65年フィンランド留学 2007年シルクロードプロジェクト実施 国際トリエンナーレ、ビエンナーレ等の審査員 国際展のキューレタ等、文化交流を務める https://www.youtube.com/watch?v=H7K_oUF0YoM 「Textile Art Studio」1975年 設立 深津:最初に、東京で会社を立ち上げた経緯や、隈研吾さん(1954-)が設計されたスタジオについてお伺いできますか? わたなべ:私が学生の当時、女性はどこの会社にも就職できないっていう時代で、だから自分で仕事を持たなきゃならず、自分でデザインルームっていうか、会社を設立して仕事を始めざるを得なかったんですね。たまたまその時にテキスタイルというものの重要性を知ったもんですから、テキスタイルのお仕事をしようと思ったんです。 他にもいろんな分野があって、伝統的な着物なんかを中心とした世界は京都が実権を握ってて、ファッションの方は代表的な会社やデザイン部門が全部大阪にあったんです。 その二の舞をしてもしょうがないので、何か彼らがやらない新しいことをやらなきゃいけない。そう考えた時に、当時は畳の生活から椅子の生活に移っていて、新しいカーテンとかカーペットとか椅子張りとか、そういう今までにないテキスタイルのニーズっていうのが生まれたんです。東京でやるならば、その新しい分野でなければ意味がないと思って、ジャパンインテリアの設立に続いて1975年にインテリアテキスタイルを取り扱う「株式会社 Textile Art Studio」を設立したんです。会社設立の前にも学生時代に「わたなべひろこデザインルーム」を立ち上げてはいました。 当初は、それをどういう風に動かしていったらいいかと考えました。有名な建築家とか、ゼネコン、それからデパートの外商、そういうところを目当てに仕事を売り込みに行ったんです。最初は断られ続けたんですが、あの手この手で何度も足繁く通っていろんなアイデアを持ってですね、会社を回ってたんです。 そんな中、転機になったのが鹿島建設だったんです。たまたま重役室のカーテンを取り替える時に私は自分でデザインやプリントしたものを取り付けたんです。そうしたら来るお客さんが皆感心して、面白い面白いって褒めてくれたそうです。そんなことをきっかけにしながら、仕事が少しずつ進むようになったんです。 そんなふうにして、いろいろな建築家の先生とか、関係者との交流も生まれていきました。以前の(二子玉川駅前にあった)アトリエ(Textile Art Studio)は建築家の宮脇檀先生(1936-1998)にお願いしたんですけど、この今のアトリエは隈研吾さんにお願いすることができました。宮脇先生は隈先生が東大時代に習った先生らしく、隈先生は「先生の後の仕事を僕引き受けるよ」とおっしゃってくださいました。ちょうど隈先生がオリンピックのスタジアムを手がける直前だったと思うんですけど、タイムリーな時期に受けていただけたのは本当にラッキーだったと思います。    男性優位な社会を跳ね退けて志した美術への道 深津:ちょっと昔に巻き戻るかもしれないですけれども、多摩美に入学したきっかけを教えていただけますか。 わたなべ:私が子供だった時分は、子供であっても男女は別々の席に座らされるような時代でした。ですから、小学校の頃から男女が組になることもありませんでした。また、戦時中には東京の家も焼かれ、父も戦地に招集され生きるか死ぬかといった状態で、母の里に疎開したり香川県の軍隊のある街に小さな家を借りて過ごしたりもしました。 戦後には、生活を立て直すために父の田舎の四国で生活していたんです。ところが、四国っていうのは、九州に次いで男尊女卑の強いとこなんですよ。それでね、兄と私とでは待遇が違ったんですよ。それで私、母に訴えたんです。「私は女に生まれたくて生まれたわけじゃないのに、どうしてこんなに違うの。」って、不服を言ったんですね。 そしたら母は、「私もそう思います。あなたの言うことはもっともです。だけどね、これから世の中が変わりますよ。だから勉強しなさい。」と言ったんです。続けて、「いくら口先で男女同権って言っても、長い間、女性は男性の庇護の下に生きてきてるから、本当の意味で精神的な自立ができてない。だから精神的な自立をちゃんと考えなさい」と。もう一つは、「経済的に自立ができなければだめです。」とも言われました。 これは、「自立できるだけの手に職をつけなさい」っていう母の教えだったんです。 それで、兄が医者を目指していたので、女医っていうのもいいなと思いまして、兄の友人にお願いして医学部を見学しに行ったんです。その時、死体の解剖まで見せて下さって、医者の仕事って素晴らしいなと感じました。だけど同時に、命を扱う仕事は自分に向かないっていうのをしみじみ悟ったわけなんです。 じゃあ、次にどうしたらいいか考え直したんです。その頃にね、デザインという新しい概念が世の中に入ってきたわけです。男の人の因習も少ないんじゃないかなって。 それで私、女子美術大学を勝手に受験したんです。だけど、それが父に見つかりましてね。父は、自分の後継者が欲しかったのもあって、自分の目の適った男と結婚させるのが私の幸せって思ってたわけです。美術学校なんて行ったら嫁の貰い手がなくなるということで、許してもらえなかったんです。後から分かったんですけど、父はうちの娘が受けてるんで落としてくれと学校に頼んだほどなんです。 それでも、やっぱり大学で勉強をしなきゃいけないと思ったんですけど、共学はダメで。そんな中で許されたのが、その当時の男の人に人気のあった日本女子大。そこならいいって言うんですね。仕方がないから、日本女子大に入って一生懸命真面目に勉強してたんですけど、3年になる直前ぐらいでしたかね、たまたま三越で多摩美の学生展を見たんですね。それを見たらもう感動しちゃいましてね。素晴らしくて、「多摩美に入ろう」と思ったわけですよ。 ただ、父に知られたら、また大変なので、黙って受けたんです。そして合格後に、日本女子大に退学届を出しました。けれども恐らく父に勘当されるだろうと思い、神田で住み込みの仕事も同時に見つけて、多摩美に通う準備をしました。 手続きを全て終えた後、父に多摩美への入学を頼んだんです。案の定、父からは「僕はしらん」と跳ね除けられましたが、母がなだめてくれて、入ることができたんです。 当時、上野毛にあった多摩美の校舎は戦争で全部焼けていて、専門学校から新制大学に移行する時だったんです。大学といっても、四年制ではなく短期大学でした。デザインって言葉もまだなく図案科だったんですけど、素晴らしかったですね。お絵描きを習うんじゃなく、杉浦非水先生(1876-1965)(多摩帝国美術学校校長、図案化主任、グラフィックデザイナー)から直接指導を受けたり、建築は今井兼次先生(1895-1987)、インテリアは剣持勇先生(1912-1971)、グラフィックは山名文夫先生(1897-1980)、舞台装置は吉田謙吉先生(1897-1982)、工芸は渡邊素舟先生(1890-1986)などなど。特に多摩美に戻って来るきっかけになった霜田静志先生(1890-1973)の心理学の授業があったんです。もう本当にね、素晴らしい先生方が揃っててね、ウハウハだったんです。 vol.2~「テキスタイルとの出会いから渡欧へ」「染織デザイン専攻の設立と目指した教育」 はこちら vol.3 〜「デザイナー/アーティストとしての取り組み」「多摩美退職後の活動 シルクロード横断プロジェクトとギャラリースペース21」「多摩美生への言葉」はこちら

2024年度 多摩美術大学校友会の活動に向けて

2024年7月12日

会員の皆さま             先日6月29日に行なわれました定時社員総会2024におきまして、任意団体として旧来の組織が保有しておりました残余財産について、満場一致のもと、一般社団法人多摩美術校友会への移譲が承認されました。また、2024年度の活動計画、予算案が可決されたことで、今年度の事業が正式にスタートすることとなりました。昨年度からスタートした組織の改編と活動の継続が円滑に進められていること対して、改めて会員の皆さまに御礼を申し上げますとともに、引き続き、多摩美術大学校友会への一層のご理解とご協力をお願い申し上げます。  さて、次年度の2025年度は、多摩美術大学が創立90周年を迎え、校友会も任意団体の時期を含めて30周年を迎える記念すべき年となります。本年度はその準備を進める年となります。現在、2025年10月18日に大学での記念式典が予定されており、校友会としましても、節目となる「ガーデン同窓会」を実施する予定で企画を進めております。  周年事業に際しては、これまでも校友会から大学への寄付をして参りましたが、今後、そうした寄付金につきましても検討していくことになります。なお、校友会とは別に、大学からも卒業生を対象とした寄付金を募る計画があるように聞いております。校友会としては、改めて寄付を募ることはいたしませんが、ご承知おきいただきたく思います。  昨年度は、奨学金や芸術助成活動の拡充など、会員、準会員の活動支援に努めるとともに、新たな形式によるチャリティビエンナーレの実施、卒業生の訪問企画やHPの充実等に取り組んでまいりました。本年度は、10月12日(土)にガーデン同窓会の実施を計画するとともに、四美大アラムナイの幹事校として、美大4校をまとめることとなっております。  組織整備につきましても、いまだ道半ばであり、引き続き、持続可能な校友会、安心して次世代に引き継ぐことができる校友会の在り方を模索しつつ、今年度も活動を展開していきたいと考えております。  会員の皆さまのご理解とご支援を、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。                               2024年7月吉日 一般社団法人多摩美術大学校友会 代表理事 中村 一哉

会員活動助成2025|助成対象が決定しました!

2025年3月28日
#校友会 #助成金

選考委員会において、厳正な審査を行い、以下の57件を助成対象として採択しました。※審査の内容はお答えできませんのでご了承ください。 会員活動助成とは、意欲的に活動に取り組む正会員・準会員・賛助会員を応援するプログラムです。企画や活動に対し、助成金の給付を行っています。 →詳細はこちら 1.芸術活動 企画者名LI CANCHEN企画名称Ruins LI CANCHEN Exhibition企画分類展覧会実施期間2025/9/1〜2025/9/22実施場所MJK Gallery(東京都) 企画者名林銘君企画名称『未定』個展企画分類展覧会実施期間2025/9/27~2025/10/26実施場所Yu Harada アートギャラリー(東京都) 企画者名HIHAHEHO Studio企画名称ゲーム作品『swandive』の体験版リリース企画分類その他実施期間2025/4/1〜2025/3/31 企画者名Randy TAKAHASHI企画名称Randy TAKAHASHI企画分類展覧会、パフォーマンス実施期間2025/7/5〜2025/7/6実施場所東京ビッグサイト(東京都) 企画者名sona企画名称NY公募展企画分類展覧会実施期間2025/4/23〜2025/4/30実施場所Gallery Max New York(東京都) 企画者名佐藤令奈企画名称国際現代芸術祭 中之条ビエンナーレにおけるリサーチおよび作品制作記録集の出版企画分類出版実施期間2025/9/13〜2025/10/13実施場所国際現代芸術祭中之条ビエンナーレ2025(群馬県) 企画者名劇団「ヨコヅナ」企画名称劇団「ヨコヅナ」旗揚げ公演 桃太郎ネオ企画分類公演実施期間2025/8/23〜2025/8/29実施場所パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』(東京都) 企画者名多摩美中部の会企画名称第19回 多摩美中部の会展企画分類展覧会実施期間2025/11/4~2025/11/9実施場所ギャラリーブランカ(愛知県) 企画者名PRESS企画名称PRESS展企画分類展覧会実施期間2025/8/31〜2025/9/7実施場所小杉画廊 (神奈川県) 企画者名fatrripm企画名称たびするはたけ第10の蒔き『すー、っと、きらり。』企画分類公演実施期間2025/9/13〜2025/10/12実施場所穂の国とよはし芸術劇場プラット創造活動室(愛知県)、パン食堂まほろば(長野県)、カフェムリウイ(東京都) 企画者名ナガタユミ企画名称ナガタユミ作品展企画分類展覧会実施期間2025/8/6〜2025/8/12実施場所三越栄店スタイルコート(愛知県) 企画者名やつげんき企画名称企画展「コトシ、ワタシ、ハタチ。」(仮称)企画分類展覧会実施期間2025/6/10〜2024/6/16実施場所横浜市⺠ギャラリーあざみ野(神奈川県) 企画者名輝け!いのち君!企画名称輝け!いのち君!企画分類展覧会実施期間2025/9/11〜2025/9/16実施場所ギャラリー住吉橋(大阪府) 企画者名P.A.R.T.企画名称記憶についての3つの部屋企画分類展覧会、パフォーマンス実施期間2025/9/13〜2025/10/4実施場所The 5th Floor(東京都) 企画者名ありー企画名称ありー個展(仮)企画分類展覧会実施期間2025/12/13〜2025/12/21実施場所Gallery201(東京都) 企画者名新潟多摩美会企画名称第17回新潟多摩美展企画分類展覧会実施期間2025/6/21〜2025/6/27実施場所新潟県民会館(新潟市) 企画者名そぞろ歩きプロジェクト実行委員会企画名称そぞろ歩きプロジェクト企画分類展覧会実施期間2025/8/13〜2025/8/24実施場所横浜市⺠ギャラリーあざみ野(神奈川県) 企画者名永井雅人企画名称永井雅人研修記録「留学記」の出版事業企画分類出版実施期間2025/4/2実施場所Amazon.jpの販売コンテンツ上、一般販売等 企画者名戸張花企画名称戸張花 個展 (仮)企画分類展覧会実施期間2025/11/1〜2025/12/1(仮)実施場所LOKO GALLERY(東京都) 企画者名多摩さつき会企画名称第7回多摩さつき会展企画分類展覧会実施期間2025/5/1~2025/5/6実施場所Gallery Concept 21(東京都) 企画者名手塚雄大企画名称大きな景色(仮)企画分類展覧会実施期間2025/9/1実施場所ONVO STUDIO INAMACHI(埼玉県) 企画者名Chronicle実行委員会企画名称歴史は繰り返さないが、韻を踏む : Chronicle 3.0企画分類展覧会実施期間2025/11/15〜2025/12/23実施場所Up & Coming (東京都) 企画者名千葉多摩美会企画名称第28回千葉多摩美会展企画分類展覧会実施期間2025/5/26〜2025/6/1実施場所千葉県立美術館(千葉県) 企画者名村中由紀企画名称祈り展(仮)企画分類展覧会実施期間2025/5/15〜2025/5/31実施場所都内ギャラリーを予定(詳細未定) 企画者名Maya Fukatsu企画名称MOMENTS23/24企画分類展覧会実施期間2025/9/26〜2025/9/28実施場所表参道ROJI(東京都) 企画者名◇◇◇企画名称◇◇◇企画分類展覧会実施期間2025/12/14〜2025/12/21実施場所デンタス(東京都) 企画者名山村榛菜企画名称未定(山村榛菜 個展 を入れる予定)企画分類展覧会実施期間2025/7/14〜2025/7/19実施場所いりや画廊(東京都) 企画者名ヤマモトケンタロウ企画名称THESE DAYS( 日記の考現学)企画分類出版実施期間未定実施場所未定 企画者名劇団ダッ兎企画名称第1回公演「東京の森」企画分類公演実施期間2025/4/4〜2025/4/6実施場所東中野バニラスタジオ(東京都) 企画者名Max Fischer企画名称See! World企画分類展覧会実施期間2025/4/15〜2025/4/27実施場所229 Gallery(東京都) 企画者名西川真央企画名称Mame. プロデュース舞踊公演 DoL's ràlana 企画分類公演、パフォーマンス実施期間2025/2/1実施場所STスポット(神奈川県) 企画者名宮島えりか企画名称こけしのほとけさま展 ~不動明王様編~企画分類展覧会実施期間2025/12/3〜2025/12/5実施場所ギャラリーボチュー(宮城県) 企画者名第2工作スタジオ企画名称Ptterned CLT Panel 展示会 企画分類展覧会実施期間未定実施場所未定 企画者名さるさるさる松井絵里企画名称さるさるさる松井絵里第2回公演『YUBI・ゆび・ユビユビ=ゆーまいびー』企画分類公演実施期間2025/6/19~2025/6/22実施場所神奈川県立青少年センタースタジオHIKARI(神奈川県) 企画者名FRAGILE企画名称こわれやすいいきもの企画分類展覧会実施期間2025/6/25~2025/7/3実施場所三越コンテンポラリーギャラリー(東京都) 企画者名タマビ博士会 多摩美術大学企画名称多摩美術大学大学院 博士展企画分類展覧会実施期間2025/6/30~2025/7/4実施場所中国文化センター(東京都) 企画者名落雪注意企画名称転落企画分類展覧会実施期間2025/4/2〜2025/4/5実施場所準備中「大松」ギャラリー(東京都) 企画者名わいるどぼむ企画名称ribbon企画分類展覧会実施期間2025/4/28~2025/4/30実施場所SUMMER of LOVE:高円寺ギャラリー(東京都) 企画者名むっつの足跡企画名称いとしうつくし展企画分類展覧会実施期間2025/5/13~2025/5/18実施場所キチジョウジギャラリー(東京都) 企画者名平田守企画名称視覚の湿布と裏面の可能性(仮)企画分類展覧会実施期間2025/10/10~2025/10/26実施場所AVA artist-run-space(東京都) 企画者名杉山双葉企画名称祝福企画分類展覧会実施期間2025/6予定実施場所未定(東京都内ギャラリー予定) 企画者名服部圭能企画名称travel (仮)企画分類展覧会実施期間2025/7/28~2025/8/2実施場所GALLERY b. TOKYO(東京都) 企画者名佐俣和⽊企画名称佐俣和⽊個展「スポーツの波打ち際に⽴つための6つのプログラム」(仮名)企画分類展覧会実施期間2025/12/3~2025/2/15実施場所京都市京セラ美術館(京都府) 企画者名ザジ・ズー企画名称ZAZI・ZOO TAIWAN (徐)企画分類公演実施期間2025/3/20~2025/3/22実施場所新宿歌舞伎町能舞台(東京都) 企画者名⽩⿃真⽣の個⼈企画企画名称反復かつ連続企画分類公演、パフォーマンス実施期間2025/4/4~2025/4/6実施場所Paperback studio(東京都) 企画者名Asian Ship企画名称AsianShip vol.2企画分類展覧会実施期間未定実施場所Hideharu Fukasaku Museum(神奈川県) 企画者名陳柏欣企画名称南国のUMA(未確認⽣物)企画分類展覧会実施期間2025/6/9~2025/6/14実施場所羅針盤GALLERY(東京都) 企画者名五十企画名称Yamai(仮)企画分類その他実施期間2025/3/1~2025/5/31実施場所ゲーム公開サイト「itch.io 」にてリリース予定 企画者名東郷渚企画名称東郷 渚展(企画名未定)企画分類展覧会実施期間2025/7/22~2025/7/27実施場所JINEN GALLERY(東京都) 企画者名ニューヨーククラブ企画名称Home Away From Home XXI企画分類展覧会実施期間2025/9/25~2025/10/9実施場所Tenri Gallery(アメリカ) 2.教育普及 企画者名菊地武彦企画名称国語、数学、理科、社会・美術の中で考える企画分類講演会実施期間2025/7/27~2025/8/23実施場所足利市美術館 企画者名カルチュラルライツ企画名称アートを身近に!企画分類対話鑑賞とワークショップ実施期間2025/5/10~2026/3/31実施場所移動美術館アート・トラック 企画者名韓国クラブ企画名称人間と自然と芸術に関係性企画分類講演会実施期間2025/9/25~2025/9/27実施場所グルハンアリ(韓国) 企画者名多摩教育の会企画名称多摩教育の会図画工作・美術教育の実技等研修講座 他企画分類就職支援、講演会実施期間2025/8/5~2025/8/14実施場所多摩美術大学八王子キャンパス及び住区センター 3.会員連絡 企画者名新潟多摩美会企画名称第11号多摩美術大学校友会新潟多摩美会広報 2025企画分類会報発行実施期間2025/9/1~2025/9/12実施場所ギャラリーゆうむ 企画者名 多摩美中部の会企画名称多摩美中部の会 第19回 総会企画分類総会実施期間2025/11/4実施場所ギャラリーブランカ 企画者名ニューヨーククラブ企画名称ニューヨーククラブ運営企画分類総会、その他実施期間2025/4/1〜2026/3/31実施場所中里スタジオ、その他、Zoom

堀内正弘退職展

2025年3月24日
#展覧会

出品者堀内正弘(建築・環境デザイン学科教授)日 程2025年3月31日(月)~2025年4月12日(土)時 間10:00~17:00休廊日日曜日入場料無料場 所多摩美術大学八王子キャンパスアートテーク 101ギャラリー東京都八王子市鑓水2-1723問合せTEL:03-6455-7541E-mail :u_a@oica.jpWEBhttps://kankyou.tamabi.ac.jp/honne/2422 プロジェクト趣旨私のこれまでの取り組みを振り返り、特に作品作りのプロセスについてまとめました。都市デザインの仕事が中心でしたが、元々環境問題に関心があり、大学でできることを模索していました。その後、東日本大震災が起こり、再開された最初のゼミで皆に投げかけたのは「東京に居ながらにしてデザイナーとして何ができるか」というテーマでした。そして生まれたのが「クールシェア」。計画停電も始まり、その夏の電力不足も懸念でした。調査をしたところ、猛暑時の消費電力で突出しているのが家庭のエアコンによる電力消費。それを減らすための多様なアイデアです。初年度は大学近くだけで展開したところ好評で、様々な賞も受賞し、翌年は環境省の政策に取り入れられました。 今はart commonsというテーマを中心にアートを活かした公共の場作り、交流の場作りなどに取り組んでいます。

深澤直人副学長「Collab Design Excellence Award 2024」にて選出されました!

2025年3月24日
#受賞

深澤直人副学長が「Collab Design Excellence Award 2024」にて選出されました!おめでとうございます! 受賞者深澤直人(多摩美術大学副学長)受賞Collab Design Excellence Award 2024受賞ホームページCollab Design Excellence Award 2024 1984年にフィラデルフィア美術館の東洋美術部とデザイン部の合同企画として「Japanese Design A Survey Since 1950」という展覧会が企画・開催されました。 アメリカにおいて初めて戦後の日本のデザインに着目した展覧会で、本展はグラフィックデザインのみならず、プロダクト、ファニチャー、テキスタイル、工業デザイン…等にも対象を広げ、アメリカの国内外で話題となり注目されました。 本展の成功を契機に、Collabが1986年、国際的に活躍するデザイナーおよび建築家を称えるために「Collab’s annual Design Excellence Award」を開催することを決定しました。 この「Collab’s annual Design Excellence Award」は1986年から、ほぼ毎年開催され、日本でも有名なデザイナー/建築家としては、例えば2008年はフランク・ゲイリー、2010年はアルベルト・アレッシィ、2011年は ザハ・ハディッドが受賞しています。 そして2024年の受賞者として深澤直人副学長が選出されました。 深澤副学長はアジア人ではザハ・ハディッドに次ぐ二人目、日本人としては初めての受賞者となります。

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