2026年度校友会代表祝辞

李 焱 氏

1999年に美術学部絵画科油画専攻を卒業、2001年に大学院修士課程を修了したのち、2004年には本学大学院博士課程にて芸術博士号を第1号として取得されました。幼少期より水墨画に親しみ、15歳でスタンフォード大学美術館、17歳で中国美術館にて個展を開催されるなど、早くから国際的に活躍されています。2014年には中国国家博物館にて個展を開催されました。また、ラグジュアリーホテル「竹泉荘(ちくせんそう)」の代表取締役を務められたご経験を生かし、現在は作家活動と並行してアーティスト支援やプロジェクトの立ち上げにも取り組まれています。


第一部(日本画、油画、版画、彫刻、工芸、芸術学、統合デザイン、演劇舞踊デザイン)

こんにちは 李 焱です
新入生の皆さん、大学院に進学された皆さん、そして保護者の皆さま、
本日は、誠におめでとうございます。

私は3歳から水墨画を描き、中国では多くの先生方に指導を受け、恵まれた環境で育ったと思います。それでも日本に来たのは、「もっと自由に描きたい」「本当の自分を見つけたい」、と思ったからです。

どこの日本語学校に入るかも決めず、一冊の辞書と、筆だけを持って、日本に来ました。当時はスマホなど、なかったので、困ったときは勇気を出して、人に聞いて過ごしていました。(今思えば、かなり迷惑だったかもしれませんが)、とにかく日本に飛び込んだ、という感じでした。
日本語も、生活も、そして絵の描き方、考え方も、すべて新しい挑戦だったのです。

水墨画は自信がありましたが、なにしろ入学したのが油絵科だったので、まず基礎を身につけようと決めました。
石膏像や静物画などの基礎を、真剣に取り組みました。(おそらく皆さんがすでに高校や美術の予備校で勉強してきたデッサンのようなものです)。
描けば描くほど、テクニックは身についていきましたが、同時に迷いも生まれました。

「私は、何のために絵を描いているのだろう。」

そんな時、油彩の画面に、水墨画の表現を入れた作品を作りました。
その作品が批評会で評価され、先生からこう言われました。

「新しいことを学ぶことは大切です。しかし、あなたの中にすでにあるものを大切にしなさい。それがあなた自身の表現になります。」

この言葉は、迷っていた私にとって大きな支えとなりました。
それ以来、私は油画の中に水墨の要素を取り入れるようになりました。そして現在もその姿勢は変わっていません。

新入生の皆さんも、これから多くの新しいことを学ぶと思います。
しかし、迷ったときには、どうか思い出してください。
「自分の中にすでにあるものを大切にすること」
それが皆さん自身の表現の出発点になります。

私はその後、博士課程に進みました。論文があります。
作品制作と、理論、その両方を結びつけることが求められます。
この感性と理性のバランスが、非常に重要だと感じています。

感性と理性、一つ余談をお話しします。
私はホテルの経営もしていました。そこで会食の機会が多くありました。
ある時、有名な料理研究家の料理をいただく機会があり、見た目は綺麗で、非常に斬新でした。謎解きのように、材料を一つひとつ説明してくださったり、和食には使わない物があったりと、たいへん創意工夫をされていました。でも、実際は、おいしくはなかったのです。

新しいことに挑戦すること、伝統を打ち破ろうとすることは とても大切です。
でも、おいしくないと、やっぱり、食べたくない。
どれほどコンセプトが優れていても、最初に「美しい」とか「好き!」と感じさせるものがないと、人は感動しない。そして料理が体の栄養となるように、美術は人の心の栄養だと思います。料理も美術も人のため、だから感性と理性のバランスが大切なのだと思います。

皆さん! ここ、多摩美術大学で、感性と理性の両方を、高めてほしいです。
いうまでもなく、芸術活動の道は決して簡単ではありません。
しかし、皆さんが今日この大学を選んだこと自体が、すでに大きな勇気です。

世界が大きく変化している今だからこそ、芸術の重要性はますます高まっています。
芸術は、感性で、人と人の心をつなぎ、理性で、深い共感を生み出します。
皆さんの、新しい挑戦が新しい芸術として世界をつなぐことを、切に願っています。
本日は、誠におめでとうございます。どうもありがとうございました。


第二部(グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、テキスタイルデザイン、環境デザイン、情報デザイン)

こんにちは 李 焱です
新入生の皆さん、大学院に進学された皆さん、
本日は、誠におめでとうございます。

先ほど、ご紹介いただいたように、私はホテルの経営をしていました。
ずっと絵を描いてきた私ですが、経営などをするのは全く初めてで、とてもビックリしました。
もちろん、最初は断ったのですが、内装も自由にデザインしてよいと言われたので、挑戦してみました。

もう十数年前ですが、館内に美術作品を展示し、アートを前面に打ち出したホテルを企画しました。
建築も含め、空間全体を通して「非・日常と、美しさ」を体験できるよう設計していきました。
なぜなら、旅をすること、ホテルに泊まることは、日常から離れた場所に身を置き、自分自身を見つめ直す時間だと考えたからです。そこに美術作品があることで、さらに豊かな時間・空間が生み出されます。

私はたくさんアイデアを考え、スケッチやマケットを、たくさん用意しました。
しかし、会議で、それを言葉で説明しなければならない場面が数多くあり、すると、当初、思い描いていたイメージよりも、「説明しやすいもの・わかりやすいもの」を優先してしまう自分に気づきました。

最初に感じていた「美しい」という感覚が、少しずつ薄れていく。
それではいけない、と思い、途中で企画を見直すことにしました。
自分の中にある感覚、つまり感性を、言葉で理論的に説明すること。
このバランスの難しさを、強く実感した経験でした。でも、最終的に、素敵なロビーや中庭が出来ましたので、とても満足しています。

そしてもう一つ、デザインをすることは、一人ではなくチームですすめていくことを知りました。
絵を描くときは一人ですが、大きなプロジェクトをするとき、様々な人が関わります。
自分の感じた、やりたいことが一番ですが、それを多くの人に伝え、理解を得るには理性的な判断が必要です。私は、ホテルの経営で、このことを学ぶことが出来ました。

皆さんには、ここ多摩美術大学で、感性と理性の両方を高めてほしいです。
学校でも外でも、たくさんの人と交流して下さい。今はソーシャルメディアなどで、個人的なことを発信する機会に恵まれています。でもそれだけではなく、自分の感じていることを、しっかりと理論的に多くの人に伝える力が、これからますます必要だと思います。

世界が大きく変化している今だからこそ、デザインはとても重要です。
内藤学長がおっしゃられたように、自由はとても貴重です。
デザインは、人と人をつなぎ、感性を豊かにすると同時に、人類共通の理解を生み出す物です。
皆さんの若い意力、エネルギーが新しい世界を計画し設計することを切に願っています。
本日は、誠におめでとうございます。どうもありがとうございました。