高橋 士郎 名誉教授
本学卒業生(1970年院デ卒)・元校友会理事・元本学学長・本学名誉教授
令和3年7月18日ご逝去。享年77歳。
※メッセージは寄稿順に掲載させていただきました
“「なにか面白いことない?」と、いつでも興味をひく何かを探されていました。今でもきっと何かを探す旅を続けている気がします。そして陰に日向にご助力を頂きました。ご冥福をお祈りし感謝を伝えたいです。ありがとうございました 。 ”
村穗秀兒
“士郎先生には学生時代から大変お世話になりました。大学で一緒に働くことになってからもワダ〜っと怒鳴られた日々でしたが、先生の大学に対する愛には敵いませんでした。いつも予測不能な行動と破天荒な発想には驚かされましたが、生涯、先生を超える恩師はおりません。あと少しで先生と創ってきた大学も90周年を迎えます。これからも見守ってください! !”
和田達也
“士郎さんは、距離によって見え方が大きく変わる人だった。それは解像度の違いというよりも、何かもっと質的な違いなのだ。士郎さんの残すことばの多くは、ロゼッタストーン並みに断片的でエソテリックなものだったが、思えば本当にシャイな方であった。同時に、いつも何かしらを模索し続けている、好奇心と探究心に溢れた方でもあった。多摩美術大学というのは面白いところで、 10人の人がいれば、 10人の人が多摩美に違った夢を抱き、違った希望をかける。中でも、とりわけ「別の」夢と希望を抱いていたのが、士郎さんだった。その白眉が「多摩美術大学国際芸術村構想」だろう。人生の外部を知ることは不可能だが、 多摩美の教員に声をかけていただかなければ、僕の人生は大きく変わっていたはずだ。どうもありがとうございました。 ”
久保田晃弘
“史郞先生が学長やっていた頃、中国上海で開催された展覧会に一緒に参加したことがありました。
空港のゲートで待ちあわせしたら、やってきた史郞さんは手ぶらで、持ち物はコーラのペットボトル1本だけでした。
到着した上海空港でも受け取る荷物は、ミカン箱の大きさにも満たない作品一個だけ。
5泊ぐらいの行程だったけど、着替えなどの旅行用品はいっさいなし。
若い頃から海外を放浪していたという史郞さんらし いスタイルです。
翌日会場入りすると小さな箱から5mサイズの巨大なバボットが飛び出しました。手足が動くピンク色の赤ちゃんバボットです。史郞さんの搬入作業はこれで終了。どっかに消えていきました。
上海にいた4日間でよく覚えているのは史郞さんのネクタイです。
この時期は学長をやってたので中国の美大などいろいろなところに招待されました。
手ぶらの旅だけどその度ごとにポケットから取り出したネクタイを結ぶんです。それだけでなんか様になる。
思い出が沢山あります。すべてにおいてありがとうございました。”
佐々木成明