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【特集記事】第2回 卒業生インタビュー 相澤陽介さんvol.3

2025年7月31日

2001年多摩美術大学デザイン科染織デザイン専攻を卒業後、株式会社コムデギャルソンに入社、2006年には自身のブランドWhite Mountaineeringをスタートし、ヤマト運輸の新制服やLARDINI BY YOSUKEAIZAWAをデザインするなど国内外で活躍している相澤陽介さん。現在はテキスタイルデザイン専攻の客員教授も務めています。そんな相澤陽介さんに校友会代表として2025年度入学式の祝辞をいただきました。その入学式の控室にて、校友会スタッフ(多摩美卒業生)が今後の展望とデザイナーやアーティストを目指す在学生へのメッセージを伺いました。 相澤陽介(Aizawa yosuke) 1977年 埼玉県生まれ 2001年 多摩美術大学染織デザイン学科(現:テキスタイルデザイン専攻)卒業     株式会社コム・デ・ギャルソンに入社 2006年 自身のブランド White Mountaineeringをスタート 2012年 ロンドン五輪日本選手団のユニフォームをデザイン 2013年 MONCLER Wのデザイナーに就任 2014年 BURTON THIRTEENのデザイナーに就任 2018年 多摩美術大学生産デザイン学科テキスタイルデザイン専攻の客員教授に就任 2019年 北海道コンサドーレ札幌のディレクターに就任 2020年 ヤマト運輸の新制服をデザイン 2023年 東北芸術工科大学芸術学部の客員教授に就任 https://youtu.be/NpRCVCsb-s8?si=Ch6cI6ekbImSG4XA ───今後の展望について今気になっていること、これから挑戦したいことはありますか。 相澤:将来のことは正直自分でも全然分からず、先ほども申し上げたように、いつ辞めてもいい感覚は持ってるんですよ。なのでネガティブな意味ではなく節目節目で、また違う自分の発見ができるんじゃないかっていうことも思ってます。 とはいえ無責任なことはできないので、どうするかっていうのは考えますけど。 あとは今後生成AIに関してどのようにデザイナーが向き合うかっていうことがものすごい気になってますね。 ファッションの世界っていうのはいろんな新しいものをどんどん取り入れなきゃいけなくて、今までもそういう変革期ってあったと思うんですよ。私がブランドを始めた頃はiPhoneはなかったし、大学に入った頃はMacintoshもまだブラウン管みたいな形で、スペックも非常に低かった。でも、今はもうMacintoshがなければデザイナーの仕事はできない。もう始まってるとは思うんですけど、どこかでその生成AIというものが今までの常識を覆すかもしれない。 例えばですけど、私はスニーカーのデザインをすることが多いんです。そんな時にAIに対して、今売れてるスニーカーブランドをミックスした新しいデザインを提案してほしいって会話をすると、瞬時にそれがミックスして提案されると思います。もちろんそれが作れるわけでもないし、それが素晴らしいものではないんですけど、何かデザインするきっかけになってしまうんですよね。 それっていうのは、実はAIがどうこうということではなくて、我々はもともと図書館でものを調べなきゃいけない時に、今であればPinterest(ピンタレスト、画像収集アプリ)だったりGoogleで調べることができるじゃないですか。ただ単にその方法論が変わっていっただけで、今やっぱり一番デザイナーとして気になっているのは、生成AIの進化と自分がどうやってそれに対応していくかという過程を重要視しているっていうのはありますね。 ───相澤さんにはテキスタイル専攻で客員教授もしていただいてますが、ぜひデザイナーやアーティストを目指す在学生にメッセージをお願いします。 相澤:私はコミュニケーションというものを重要視して教育に携わっています。ちょっと矛盾するかもしれないんですが、私は染織とかテキスタイル、ファッションの中での技術を教える人間ではないんですね。技術は持っていてほしいし、技術を自分で習得してほしいですが、同時に、それをどうやって使うか、どうやって自分の考えていることを理解してもらうかっていうのが、やはりこの美術大学の学生は非常に弱いと感じてきました。自分の好きなことっていうのはアピールする力がものすごくありますし、爆発力もすごいです。 しかし、例えば私がずっとやってきた企業のデザインであったり、何かの制服というものに関しては、自分の自己満足の世界ではないじゃないですか。作ったものを自分が着ることはないんです。例えば、ヤマトホールディングスのセールスドライバーの緑色の制服を私が着ることは、多分この先ないでしょう。しかし、それをデザインして、それを毎日着る方に届けなきゃいけない。その時にどういう意味があるのかっていうのを伝えなきゃいけない。 あるいは私はサッカーチームのユニフォームをずっとやってますが、毎年デザインが変わっていく中で、それを着る選手だけではなく、サポーターの方などのいわゆる顧客満足度としてビジネスにつなげていかなきゃいけないとなると、デザイナーとしてこうあるべきだというよりも、この自分の作れるエネルギーというものを、どういう風な話の聞き方で、どういう風に自分で処理をして相手に伝えていくかというところをファッションを通して教えています。多分そういったことは、学生のみんながつまずくところだと思うんです。学生がそういう第三者もしくは対象物に対して何かを作らなきゃいけないっていう時に、本来であれば“これが僕の正しいもので、私のこれが好きなものだ”になるんですけど、それだけだと正直仕事にならなかったり、本来の目的から逸脱する。それを早い段階で学生に学んで欲しいという思いで私は教えてるんですけど、学生時代に多分一番やりたくないことだと思うんです。だけどそれは現実的な話、就職活動の場面で一番必要とされます。就職活動で美大生が一番挫折するのは、そこがないからだと思います。 でも、なかなか真面目に聞いてくれない子達も多くて、難しいところは感じてますね。やはり技術を教える実技であれば目的は明確ですけど、私の場合は何がゴールかわからないっていう授業をやっているので、その部分でフィットしてくれる学生にはいいですけど、技術的なレクチャーをしてほしいという学生には難しいようです。 ヤマト運輸セールスドライバーの制服 ───学生時代は自分の好きな表現に偏りがちだと思うのですが、表現のその先にはそれを受け取る側がいるので、その相手を意識するということを在学中に教えてもらえるのは素晴らしいと思います。私の在学中は表現が先行する環境だったので...。 相澤:それは多分、版画専攻だったり染織デザイン専攻だったりとかして、どちらかというと本当に自分の技術を学ぶっていうことが目的だったからだと思います。逆に言うとそれができた時間というのはすごい有意義だと思いますよ。没頭できたっていうことで。 先ほども祝辞で申し上げたように、もうそのタイミングでしかその専門的な技術を得ることってないと思うんですよ。 僕は卒業して以降、糸を染めたことは一度もないんですよ。でも、糸を染めることってわかるじゃないですか。染料のことだったりとか、染め方っていうのを分かっているのか分かっていないのかって大きいんです。それが理解できる4年間というのはすごい重要で、それがあればどのタイミングでも今僕が言ってることを学ぶことは可能だと思います。 vol.1~ はこちら vol.2~ はこちら

「中之条ビエンナーレ国際現代芸術祭2025」

2025年7月25日
#出版 #イベント

出品者佐藤令奈(2008年美術学部卒業)日程2025年9月13日(土)〜2025年10月13日(月・祝)※期間中無休時間9:30~17:00場所群馬県中之条町 町内各所WEB中之条ビエンナーレチケットパスポート(すべての会場を何度でもご鑑賞いただけます)内容温泉街や木造校舎など町内各所で多彩なアート作品の展示、音楽、パフォーマンス、マルシェなどを開催 この度、中之条ビエンナーレ2025への作品出品並びに、リサーチ内容をまとめた冊子を出版・販売いたします。中之条ビエンナーレにお越しの際はぜひ、ビエンナーレ特設ショップで冊子をお求めになり、冊子を手に会場にお越しください。 中之条ビエンナーレは、群馬県中之条町で隔年開催される国際現代芸術祭です。雄大な山々に囲まれた風景やラムサール条約湿原、長い歴史を持つ温泉郷、養蚕天蚕文化、伝統が受け継がれる民俗行事や祭事など、中之条町には他では見られない美しい里山文化に触れることが出来ます。アーティストは特色ある山村地域に開かれたアーティスト・イン・レジデンスで滞在制作を行い、その成果を中之条ビエンナーレで発表します。この度、第10回を迎える中之条ビエンナーレ2025では、国内外から創造的、革新的なアイデアやプロジェクトを持つ多分野のアーティストが作品を展示します。

【特集記事】第2回 卒業生インタビュー 相澤陽介さんvol.2

2025年7月24日

2001年多摩美術大学デザイン科染織デザイン専攻を卒業後、株式会社コムデギャルソンに入社、2006年には自身のブランドWhite Mountaineeringをスタートし、ヤマト運輸の新制服やLARDINI BY YOSUKEAIZAWAをデザインするなど国内外で活躍している相澤陽介さん。現在はテキスタイルデザイン専攻の客員教授も務めています。そんな相澤陽介さんに校友会代表として2025年度入学式の祝辞をいただきました。その入学式の控室にて、校友会スタッフ(多摩美卒業生)がデザイナー人生におけるターニングポイントや仕事への向き合い方を伺いました。 相澤陽介(Aizawa yosuke) 1977年 埼玉県生まれ 2001年 多摩美術大学デザイン科染織デザイン専攻(現:テキスタイルデザイン専攻)卒業     株式会社コム・デ・ギャルソンに入社 2006年 自身のブランド White Mountaineeringをスタート 2012年 ロンドン五輪日本選手団のユニフォームをデザイン 2013年 MONCLER Wのデザイナーに就任 2014年 BURTON THIRTEENのデザイナーに就任 2016年 パリファッションウィークに参加 2018年 多摩美術大学生産デザイン学科テキスタイルデザイン専攻の客員教授に就任 2019年 サッカーJリーグ北海道コンサドーレ札幌の取締役兼ディレクターに就任 2020年 ヤマト運輸の新制服、LARDINI BY YOSUKEAIZAWAをデザイン 2023年 東北芸術工科大学芸術学部の客員教授に就任 https://youtu.be/NpRCVCsb-s8?si=Cd3HE9HV0o-VBkBX ───いろいろなジャンルで世界的にご活躍されていますが、ご自身で特に印象に残っているお仕事やターニングポイントになったお仕事はありますか? 相澤:ブランドを作ったというのは、一番のターニングポイントにはなっていると思います。その中で、十数年前ですけど、東京でずっとコレクションをやっていたんですね。 いわゆる「東京コレクション」と言われる組織には参加してなかったんですけど、勝手に東京でファッションショーをやっていたんです。それをいろいろ聞きつけてくれて、イタリアのフィレンツェで行われるPITTI IMMAGINE UOMO(ピッティ・イマージネ・ウォモ)というメンズの展示会というか大きい祭典にゲストデザイナーとして呼んでいただいたんですよ。 なので、全く海外の知識がないままフィレンツェでショーをやることになりまして。 ちょうどその声をかけていただいたタイミングで、ダウンジャケットで世界的に有名な大きいブランドのMONCLER(モンクレール)からもデザイナーとして招聘していただいて、英語もイタリア語も全く喋れないままイタリアに渡り、先程申し上げたように絵を描くことでコミュニケーションをとりながら「MONCLER W」を作ることができました。 それがやはり海外での足がかりとなったので、私としては非常に大きいことでしたね。 MONCLER W ───言葉が通じない中で仕事をされたんですね!もう言葉はいらないという感じでしょうか? 相澤:いや、絶対必要ですよ!(笑) 今、イタリア語をなんとか勉強しなきゃと思っているんです。コミュニケーションが取れるとしても、例えばファイナンスのことであったり、契約のことになると、やはり間違えてはいけないので、言語の部分が自分のウイークポイントですね。だから言葉がいらないということではないんです。 ただ一方で、技術とか絵というものが言語と並ぶっていうふうに考えてみてください。なので、ひとつの言語を美大生は既に持っているわけです。そう考えると、英語・イタリア語・中国語と同じように絵が一つの武器となりますよね。 ───仕事を進める中で、迷いやスランプ、しんどいと思うことはありますか? 相澤:これが“0”か“100”なんですけど、毎回辛くて、毎回しんどいんですよ。でも逆に毎回楽しくて、毎回新しい発見があるので、そこはずっと平行してクリエーションを行っていくというのが私の性なのかなと思っています。やはり一番しんどいなって思うのは、長く続けていることですね。私のブランドは設立して19年なんですけど、一つのことを長く続けているわけです。しかもそれが好き勝手できる世界ではなくて、スタッフを養わなければならないですし、常にビジネスのことを考えなければならない。ファッションの世界においては非常に早く流れるトレンドや流行というものがある中で、自分が好きなものをずっと作り続けていくことがそのビジネスの足かせになる場合があります。かといって、そのトレンドに乗ってしまうと自分ってものが何なのかわからなくなる。そのシーソーゲームみたいな中で、ずっとやり切っていくっていうことが非常に難しいんですね。 でも、もう仕方がないことなので、それをどう楽しむかというか…。あとはもう、もともとファッションを勉強してなかったというのも逆に強みで、いつ辞めてもいいやぐらいの気持ちを持ちつつ、意地でも続けるみたいな、そういうスタンスは持ってます。 ───しんどいなと思った時の息抜きの方法はありますか? 相澤:そうですね。日常的に考えると今でもバンドをやっていたりするので、僕はベースを弾くんですけど、仕事をやってる中で楽器を弾いて気分転換をしたりとか、音楽を聴いたりとかありますけど…。 コロナになるタイミングでですね、ヨーロッパの仕事が全部止まってしまったんですよ。パリのコレクションもできなくなって、今まで月に一回くらい何らかの形で海外の仕事があってミーティングなどで飛んでいたんですけど、それがゼロになりました。そのタイミングで自分の生き方を変えようと思って、軽井沢の方にアトリエを作ったんですね。僕自身がそのアウトドアウェアをベースにファッションに昇華させていくであったりとか、趣味がスノーボードとかサッカーの仕事をしていたりとか、アクティブなものが多いので、自分が作ったそういったものを試す場所が必要だなと。 なので今は自分が洋服を作ったら、そのまま軽井沢に持っていって、オートバイに乗ったりとか、その裏山に入ったりとか、自分がやってきたことっていうのを生活のスタイルの中に入れることによって、リフレッシュするっていうのはすごくあります。 ───確かにコロナ禍では、多くの人たちが新しい取り組み方を見出せたチャンスでもありました。他にも大きな転換期や挫折の時代があったのでしょうか。 相澤:挫折というか、コム・デ・ギャルソンに入って、私は約5年、厳密に言うと4年8ヶ月働きまして、正直燃え尽き症候群というような状態でした。その期間が自分の人生にとってものすごくインパクトがあったんです。素晴らしい会社ですし、今でも前に進んでますし、影響力もすごい強い会社です。ただ、自分が先程申し上げたように洋服を作ったことがなかったものですから、そのテキスタイルであったり、企画力であったりっていうので頑張ってはいたんですけど、27、8才の頃にやっぱり気持ちが押しつぶされる時っていうのがいっぱいありました。それで急に辞めてしまったんですよ。何の計画もなく辞めて、今でも自分の中では大事な時間だったんですけど、簡単に転職するっていう気に全くならなくて。やっぱりファッションの世界に入ったんですけど、コム・デ・ギャルソンで働いた自分っていうのとか、環境っていうのが特別だったんですよ。だからファッション業界に入った感覚がなくて。 そうした状態ではやっぱり同じ業界内で転職できないので、地元に帰ることにしました。地元は埼玉の所沢なんですけど、仕事をしてないなってことで地元の仲間に声をかけてもらったんです。 当時、その仲間がやっていた仕事というのが、何ていうのが正しい名称か分かんないんですけど、“はつりや”っていう工事現場でコンクリートを削る仕事なんです。彼らがその会社をやっていて、僕は辞めて数日後に「寅壱」みたいな、いわゆるニッカポッカを履いてドリルを背負って工事現場にいました。なのである意味で、それがファッション業界からの一回目の挫折かもしれないですね。 ─── 一回目ということは二回目もあるのでしょうか? 相澤:二回目はもう常日頃ですよ。もう、なんだろうな、一回も上手くいったとか、成功したって思ったことがなく、単純にいろんな人がちょっとずつ理解してくれただけであって、自分としては何かを成し遂げた感じというのは一つもないんです。 初めて挫折したのはギャルソンを辞めた時だったと思いますが、それからは何をやるんでも上手くはいかないので、挫折することを前提にして、その中で常に自分をどうどういうふうに鼓舞するかっていうのを考えて今までやってきました。 ───今のお話は輝かしい経歴とは対照的でとても意外です。真摯に生み出すことに取り組まれているのだと思いました。 相澤:僕が一番気をつけているのは、自分ができることとか、やらなきゃいけないことを押し付けないということなんですね。それはなぜかというと、“0”か“100”かで物事を考えてしまうと、“俺の世界観はこうだ”とか、“俺に仕事を頼むならこうだ”となってしまう。本当の目的っていうのが見えなくなってしまう。 例えば、今日の大学の祝辞でもすごく私なりに考えましたけど、今の学生は何を求めているのか。大学にいるこの4年間が終わった後、その時間の中で何を考えて、どういう結果が出るのか。どういうことを学んでいけばこういう風に繋がっていくのかっていうのを伝えたいと思ったんですね。 なので自分のことというよりも、学生がどういうことを求めるかっていうのを常に大学の授業でも思ってます。私はサッカーチームやユニクロ、あるいはデザインとは全く関係ないヤマト運輸であったりとか、いろんな企業と仕事をしています。 そうした時、やはりどこの部分がゴールなのかっていうのを見極めながらデザイナーの力を使うっていうのが僕の中での正解なので、そのことをいろんな人に伝えられるといいなと思います。デザイナーはそんなに偉くないし、クリエイターというのはそんなにすごいものを持っているわけじゃないんですよ。何か大きな勘違いをして、アーティストだったりとか、特に今はすごくインスタントに物事を作ることができますよね。製品でもそうだし、情報もそうです。特にこのSNSの時代になって、自分が何かを成し遂げるとか、何かできているとか、人より素晴らしいっていう勘違いといったものがモノ作りに最も邪魔だと思うんですよ。 なので常に自分は何かよりも劣っている、何か失敗するんじゃないかっていう恐怖心と、前に進んでいく推進力、この2つを併せ持つってことが、長く活動していく中ですごく重要に感じています。 北海道コンサドーレ札幌2025 ユニフォーム ───Instagramを拝見させていただいて、朝ごはんの写真がものすごく美味しそうでした。仕事以外で熱中していることや、継続してきたこと、相澤さんの人生における遊びや楽しみについて教えてください。 相澤:ありがとうございます。(笑) 趣味は多分めちゃくちゃ多いんですよね。ほとんど遊んでるんですけど。なんだろうな。挙げてみると、例えばバンドをやったり、オートバイに乗ったり、料理を作ったり、仕事の中でインテリアを作ったりとか。基本的に全部趣味の延長が仕事になってきたっていうのは、すごくありがたいことです。 好きなことが先にあって、それが仕事になってますね。よく仕事が趣味っていう人いるじゃないですか。僕は全然そういうことじゃなくて、趣味だったものが仕事になったので、必然的にそれが趣味みたいな流れっていうのが多いかなと思いますね。 あと、朝ごはんについてはですね、妻との互いの働き方を考えてやり始めたことなんです。私の妻は多摩美の同級生なんですよ。同じ染織デザイン専攻で、今は彼女も自分のブランドを始めたりとかしていて、また子供も3人いる中で、共に子育ても含めてやっていくって考えた時に、自分ができることってなると朝の仕事だなと思って。 料理が趣味になったこともあり、それを毎日やってる感じですね。 vol.3の公開は7月31日(木)を予定しています。楽しみにお待ちいただけると嬉しいです! vol.1~ はこちら vol.3~ はこちら

【ガーデン同窓会2025】お祝いメッセージ動画を募集します!(9/5まで)

2025年7月18日
#校友会 #イベント #募集

多摩美校友会創立30周年の記念事業として10月18日(土)に開催されるガーデン同窓会にて、会員の皆様からのお祝いメッセージ動画を放映します。創立30周年を迎えた校友会へのお祝いメッセージ、在学中の思い出、校友会とのエピソードなど動画に撮ってお送りください。メッセージをお寄せいただいた方には校友会オリジナルスケッチブック※1をプレゼントいたします!皆様のご応募をお待ちしております! ※1 在庫数を超えるご応募があった場合は、他の記念品に変更となる可能性があります。※2 すべてのメッセージを放映できない場合がございます。予めご了承ください。 対象多摩美術大学に在籍する在学生、多摩美術大学の卒業生、歴代教職員の皆様 提出形式ご自身の機材(ビデオカメラ、スマートフォン等)で撮影した動画 サイズ任意長さ1~3分程度 提出方法(フォームのみ)撮影した動画をフォームから提出してください。受付期間:2025年7月18日(金)~9月5日(金)(2025年7月18日(金)12時に受付開始)※フォーム内に肖像権使用承諾書がございますのでご確認をお願いします。※ご自身のメールアドレスに届く【回答のコピー】が【提出完了】の証明となります。大切にお控えいただき、プレゼントの受取の際に提示してください。 提出フォーム

第6回 公開研究会|笹久保伸「記録者の芸術・秩父前衛派による武甲山での実戦」

2025年7月11日
#イベント

Screenshot 多摩美術大学アートとデザインの人類学研究所では、音楽家・記録者の笹久保伸氏を講師に迎え、第6回公開研究会を開催します。 笹久保氏は、アンデスの農村地域で音楽の採集と研究を行ったのち、秩父を拠点にアートコレクティヴ「秩父前衛派」を立ち上げ、地域の信仰や民謡、歴史などの調査、そして武甲山の環境問題に向き合いながら、多領域にわたる活動を展開してきました。 今回の研究会では、音楽家であり記録者でもある氏による、武甲山をめぐる芸術実践について、記録写真・映像・音源などの資料とともに、演奏を交えてお話しいただきます。後半には、椹木野衣 所員をモデレーターにディスカッションも行います。 日程2025年7月11日(金)時間16:30〜18:00(開場 16:10)会場多摩美術大学 八王子キャンパス・アートとデザインの人類学研究所対象多摩美術大学学生・教職員、学外一般お問い合わせ多摩美術大学アートとデザインの人類学研究所〒192-0394 東京都八王子市鑓水 2-1723 メディアセンター4FEmail:iaa_info@tamabi.ac.jp※参加自由 / 事前申込不要(当日会場にて記帳をお願いします)。※定員は40名程度。満席の際は入場をお断りする場合があります。※本研究会は「現代美術ゼミ」との合同開催のため、履修学生の参加を優先いたします。 講師笹久保 伸 Shin  SASAKUBO音楽家・記録者。埼玉県秩父郡横瀬町出身。幼少期よりクラシックギターを学び、高校卒業後、2004年にペルーへ渡る。アンデスの農村地域で音楽の採集と研究を行いながら、アヤクーチョ出身のギタリスト、ラウル・ガルシア・サラテ(Raúl García Zárate)ら伝説的音楽家たちに師事し、アンデスの伝統的ギター音楽を学ぶ。2005年、ファースト・アルバム『Adios Pueblo de Ayacucho』をリリース。帰国後の2009年より、秩父を拠点にアートコレクティヴ「秩父前衛派」としての活動を開始。音楽、映画、写真、美術、演劇など多領域にわたる作品の発表、秩父地域の信仰・民謡・歴史などの調査や武甲山をめぐる環境問題にも取り組んでいる。主な作品に、映画「PYRAMID—破壊の記憶の走馬灯」(山形国際ドキュメンタリー映画祭、2015年)、《ダイナマイト・トラヴァース変奏曲》(瀬戸内国際芸術祭、2016年)、写真集『武甲山-未来の子供たちへ-』(キラジェンヌ、2017年)などがある。2025年4月には、アンデス音楽の呪術的・魔術的なサウンドを凝縮した通算43作目のアルバム『Layqa Taki』を発表。現在開催中の展覧会「AWAZU HOUSE INTO THE FUTURE! 粟津潔邸(1972) アワヅハウス、過去、現在、そして未来へ!」(AWAZU HOUSE ART CENTER)に出品。

長野県立美術館企画展「いきものの森」

2025年7月10日
#展覧会 #イベント

出品者冨岡奈津江(2010年修士課程修了)富田菜摘(2009年美術学部卒業) ほか日 程2025年7月19日(土)~ 2025年9月15日(月)時 間9:00~17:00 ※夜間特別開館 7月26日(土)は20:00まで開館(展示室入場は閉館の30分前まで)休館日水曜日観覧料一般 1,000(900)円大学生及び75歳以上 800(700)円高校生以下又は18歳未満 無料※()内は20名以上の団体料金会 場長野県立美術館長野市箱清水1-4-4WEB長野県立美術館主 観長野県教育委員会後 援長野市、長野市教育委員会、長野商工会議所、善光寺、長野県芸術文化協会、長野県美術教育研究会、(公財)八十二文化財団、(公財)ながの観光コンベンションビューロー、JR東日本 長野支社、信濃毎日新聞社、NHK長野放送局、SBC信越放送、NBS長野放送、TSBテレビ信州、abn長野朝日放送、FM長野、INC長野ケーブルテレビ協 力長野市城山動物園、長野市茶臼山動物園 【関連イベント】 びじゅつかん探検隊美術館にはふしぎがいっぱい!自由にお話しながら作品鑑賞を楽しみましょう。◉こども探検隊日時:2025年7月26日(土) 10:00~ 1時間程度対象:小学生以下の子どもとその保護者参加費:無料、要申込(専用フォームにて受付) ◉おとな探検隊日時:2025年7月26日(土) 14:00~ 1時間程度対象:中学生以上、どなたでも参加費:無料(要観覧券)、要申込(専用フォームにて受付夜間特別開館×ミロコマチコLive Painting音楽とともにミロコマチコが自由に描いていく、その場限りの絵と音楽のセッションをお楽しみください。日時:2025年7月26日(土)開場 17:30・開演18:00会場:本館1階 交流スペース外ウッドデッキ出演:絵|ミロコマチコ(画家・絵本作家)   音楽|田辺 玄、maika、あだち麗三郎参加費:無料、申込不要アップル×アップル城山動物園とのコラボイベント!作品《アルダブラゾウガメ アップルさん》をご本亀?!のアップルさんに見せに行こう!日時:2025年8月23日(土)10:00~12:00会場:本館 展示室1・2・3、長野市城山動物園ゲスト:大曽根俊輔(乾漆彫刻家)    塚田泰佑(城山動物園学芸員)参加費:無料(要観覧券)、要申込(専用フォームにて受付)出品作家によるオープントーク日時:2025年8月16日(土)10:00~11:00 岡江真一郎(アニメーション作家)   2025年8月30日(土)10:00~11:00 冨岡奈津江(陶芸家)、富田菜摘(美術家)会場:本館 展示室1・2・3参加費:無料、申込不要

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